徒然草

スポーツの秋に熱く語ります!(その2)

すっかり秋らしくなってきました。あれから台風情報が少ないけど、このまま大きな台風が来ることなく秋が深まってほしいものです。

まずは嬉しい話題から。

カルロス・ゴーン氏のせいで揉めまくっていた日産がついに復活のノロシをあげました。小型SUVキックスなどの発売もありましたが、日産の象徴とも言える「Z」がついにフルモデルチェンジ!ビッグマイナーチェンジもしくは絶版と思われていたZが復活です!これは嬉しいニュースです!

今回の発表で驚いたのが、なんとV6ツインターボエンジンで6速マニュアル仕様らしいです。時代の流れで電気化されるのかなって予想していたので、これは嬉しい誤算です。あと、フルモデルチェンジをすると大体バカでかくなるのがいつまですが、今回はちょっと大きくなったのみ。一番気になる横幅が1900mm超えるだろうなって思っていたら現行型とほぼ変わらないくらいでホッとしました。

良いスタイルですね。スポーツカー伝統の「ショートデッキ・ロングノーズ」を踏襲しており、テールランプも歴代Zによく似ています。

問題は価格設定です。おそらく500万円は軽く超えてくるでしょう。ターゲット層は50代前後?私も入っております。ただこの車は二人乗りなので五人家族の我が家では非現実的です。お値段すごいだろうし。

でもこんな黄色の国産スポーツカーが日本国内を走り回っていたらとっても幸せな気分になりますね!

 

今回も秋のスポーツ話を。マニアックネタなので興味のない方はスルーしてください。

上記の車つながりでF1レースの話題から。

私はかつてF1レースが大好きでした。ちょうど週刊少年ジャンプでも特集が組まれ、深夜のフジテレビで夜中3時まで放送されていたF1が大好きでした。毎回寝不足になりつつも応援していました。F1にはたくさんのチームがありますが、特にこのウィリアムズというチームの大ファンでした。

最初はこの車のデザインやカラーが好きで、特にスポンサーだったタバコ屋「キャメル」のイメージカラーが黄色だったので、車体にいつも黄色の差し色がありました。これがとってもかっこよくて。

その当時、大人気だったチームが「マクラーレン・ホンダ」です。めちゃくちゃ強いチームで、特にアイルトン・セナとアラン・プロストの2大エースの時には全16レース中15勝というとてつもない成績を残しました。

しかし私はこのセナの走りが嫌いでした。精密機械のように走る彼にロマンを感じれなかったからです。強いのはわかるけど、なんだかずっと味気ない走りで、大体毎回優勝していました。

当時はややマイナーチームだったウィリアムズ。でもなぜかずっと応援していました。

ここのチームオーナーがまたストイックな方で、交通事故で半身不随になりながらもオーナー業を行い、徐々にチーム力が上がっていきました。

自分が応援していた頃、ブーツェン選手とかパトレーゼ選手の奮闘により、優勝することも増えてきました。

そんな中、このチームにめちゃくちゃ破天荒なやんちゃドライバーが移籍してきました。

このチョビヒゲを見れば、ちょっと詳しい人ならすぐにわかると思います。

私が最も好きだったF1レーサー、ナイジェル・マンセル氏です。

彼の走りはやや暴力的で荒々しく、明らかにセナとは正反対のドライバーでした。

多少強引ながらグイグイと他車を抜いていくシーンは大迫力でした!

マンセルとセナの激突史上、最も有名なレースが、1992年に開催されたモナコ・グランプリです。モナコの市街地サーキット、モンテカルロは道幅がとっても狭く、ほとんど抜きどころがないことでも有名です。

その狭いサーキットで最後の最後ギリギリまで争った2人の戦いは未だに伝説として語り継がれています。結果はセナの勝利でしたが、当時絶好調だったマンセルが天才セナに負け、ぐったりとへこたれて座るシーンは有名でした。

そしてついに、「音速の貴公子」と呼ばれたアイルトン・セナがウィリアムズチームに移籍してきました。

当時はキャメルがスポンサーをやめたため、車に黄色の差し色はありませんでしたが、ブラジル出身のセナのヘルメットは偶然にも国旗をイメージした黄色でした。

マクラーレン時代はセナのことが大嫌いでしたが、自分の大好きなチームに移籍してくれば話は別です。移籍後からセナをずっと応援していました。

そんな中、あの忌まわしき大事故が発生しました。イタリアのイモラ・サーキットで開催されたサンマリノグランプリの中で発生した大クラッシュ事故。この事故によりアイルトン・セナはこの世を去りました。

当時、私は大学1年生で、ちょうどこのレースを久しぶりにテレビ観戦していた矢先の出来事でした。

まさかあの「音速の貴公子」がレース中の事故で亡くなるとは。衝撃的な事件でした。ヘリコプターで搬送されましたが、結果はほぼ即死状態だったそうです。当時セナはまだ34歳。現役バリバリのレーサーでした。そんなセナが亡くなるなんて。この事件を機に私はF1レースを見ることを辞めました。

大好きだったウィリアムズチーム。大好きだったナイジェル・マンセル。そして最大のライバルとして存在したアイルトン・セナ。

その当時にF1歴代最多勝利していたのはアラン・プロストで、現在までの最多勝利者はミハエル・シューマッハですが、この2人に比べるとやはりインパクトが薄いです。私の思い入れの問題でしょうけど。

なんだかこの頃F1のルール改正が多くなり、マシンのデザインも当時と比べてなんだかカッコ悪くなりました。

やっぱり私が歴代のF1マシンの中で一番大好きだったのは、マンセルと共に1シーズン10勝を叩き出した、あの伝説の名車「FW14B」です!当時はこのミニカーとプラモデルを何台も持っていました。

この車はつい最近開催されたオークションで4億2千万円の値段がついたそうですよ。凄すぎです。

なぜ私がこんなにもマニアックな話をしたかというと、今年の8月、ついにウィリアムズF1チームがアメリカの投資会社にば棄却され、ウィリアムズ家から離れてしまったからです。

これを機に、名物オーナーだったフランク・ウィリアムズ氏はレース界から身を引きました。こうして40年以上続いた、ウィリアムズ家一族が率いてきた名門チームがなくなりました。

チーム名は残るそうですが、ウィリアムズ家はもう関与しなくなるそうです。うーん、寂しい。

F1話はさらっと終わって、我がジャイアンツ話で盛り上がろうと思っていましたが、予想以上に熱が入り、ダラダラと長文を書いてしまいました。

F1レースは大好きでした。ウィリアムズ家引退と共に私ももうF1観戦することはないでしょう。

ありがとう、フランク・ウィリアムズさん!ありがとう、ナイジェル・マンセル!そしてアイルトン・セナ。

セナさん、素晴らしい思い出をありがとうございます。セナは永遠の天才ドライバーです。もうこれからもずっと、真の「音速の貴公子」が出てくることはおそらくないでしょう。

次回は、お待ちかね?の巨人話です。同じスポーツ談義でも5倍くらい長く書けそうです。

 

追伸:話題は全然変わりますが、ついにプレーステーション5の発売日が11月に決まりました。PS4に比べ、性能は格段に向上しましたが、値段はさほど上がらないまま。

ありがとうございます、ソニーさん。しばらくゲームの世界から足を洗っていましたが、さすがに5は購入することになるでしょう。

これまでPS1、PS3と、奇数番号のモデルを買っていましたから。

息子にNintendoスイッチを購入してあげたい気持ちもありますが、勉強の邪魔になるのでまだ書いません。それなのに父がこっそりPS5を購入するなんて息子に内緒です。

自室に隠れてこっそり楽しみます。まずは妻の許可が必要ですけど。