真の復興支援とは〜被災地を見てきました〜

yjimage-1深夜に物凄いカミナリが鳴っていました。息子と夜9時前に就寝してしまった私は雷鳴で目が覚めて、しばらくピカピカ光る外を眺めていました。一度覚醒するとなかなか寝付けなくなってしまった41歳。勤務医時代はどんなシチュエーションでも3分以内に寝れたのに。

明日はクリニック病児保育施設の上棟式&お餅まきがあります。晴れますように。

今回は熊本支援計画二日目のお話です。今回も長文になります。時間のない方はスルーしてください。

「被災地の状況をテレビで見るのと、実際に自分の目で見るのはぜんぜん違う!」

これは東北大震災の時に先輩から聞いた話です。

img_7909img_7920まずは朝早くから熊本城に行ってきました。一番気になっていた場所です。お城の横にある加藤神社までは車で入ることができます。

変わり果ててしまった熊本城と、無残に崩れた石垣を見て一同絶句。熊本城は熊本の象徴であり、熊本の誇りです。そんな熊本のシンボルの姿を見てちょっと涙が出ました。

img_7916そんな熊本城の中で、唯一壊れなかった建物があります。あの有名な「宇土櫓」です。

この宇土櫓以外はどれも近年に復元された鉄筋コンクリート構造です。明治時代の廃城命令や西南先駆でかつての天守閣など全て消失してしまいました。

しかしこの宇土櫓だけは400年以上前の姿そのまんまです。驚くなかれ、この宇土櫓だけはほぼ無傷でした。下の石垣もまったく壊れていません。現代建築の建造物は全て壊れ、昔の技術で作られた宇土櫓が無傷。かつての建築技術の素晴らしさに感動しました。加藤清正公はお城作りのエキスパートだったみたいです。

復興工事中のため中には入れませんでした。交通整理のおじさんに色々と当時の話を聞いて、あらためて地震の怖さを知りました。

img_9852この日はレンタカーを借りて、南阿蘇方面に向かう予定にしていました。私がドライバーです。せっかく沖縄から来られた先輩のために新型ヴェルファイアを借りました。

同乗者の男性二人は運転する気がまったくないので朝早くから吉野家でビールを飲み始めました。当然私はお冷で乾杯しました。先輩には逆らえません。この人たちは車内でも宴会をしていました。

実はこの二人、前日の飲み会で二次会以降の記憶が全く無くなってしまった二人です。それなのに翌朝からビールを飲めるなんて物凄い体です。最近は二日酔いになる前に寝潰れてしまう傾向のようです。特に手前の同級生デブチンを布団まで運ぶのが物凄く大変でした。深夜に汗だくになってこの巨漢を布団まで運びました。本人は全く覚えておりません。ま、いつものことだけど。

img_9853熊本駅前で待ち合わせていたメンバーと合流しました。3個上の先輩が、最近バイクを大型(1100cc)に乗り換えたため、今回はバイクで先導してくれることになりました。

もともとカッコイイ先輩でしたが、革ジャンを着て大型バイクにまたがる姿もまた素敵でした。先輩には昔から色々とお世話になっています。

熊本出身の先輩は地元の道に精通しており、こちらが「被災地を回りたい」とお願いすると、ベストなコースを選択してくれました。

img_9863まずは被害の激しかった益城町へ。

私はドライバーだったのであまり写真が撮れませんでしたが、まだまだ手付かずで崩壊した家屋がたくさんありました。家に押しつぶされた車もそのまま残っていました。しかも道路は液状化現象のためボコボコ。

先輩の話によると、これでもかなり普及しているとのこと。被災直後はもっともっと悲惨だったそうです。こちらが想像していた以上の凄まじい被害です。

益城町には知り合いがいたので、学生時代に何度か遊びに来たことがあります。元の姿に戻るにはまだ数年かかりそうです。復興まで長い道のりです。

img_7927img_7921この日は素晴らしい晴天で阿蘇までの道中はとても気持ちよかったですが、所々にアスファルトが陥没している箇所があり、阿蘇山もまた傷だらけでした。

右の写真の奥の方にかすかに見えている山が、あの阿蘇大橋を押し流した山崩れ現場です。是非とも自分の目で確認したいと先輩に伝え、近くまで行ってみました。

img_7937実際に事故現場を目の当たりにして、今回一番の絶句。

阿蘇大橋は学生時代から頻繁に利用していた橋です。この橋を渡って南阿蘇までよくドライブに行っていました。そんな思い出のたくさん詰まった橋が見る影もありません。

一瞬にして橋を押し流し、尊い人命まで奪っていきました。自然の恐ろしさをまざまざと見せつけられた事故現場でした。

img_7929img_7939橋の下はちょっとした渓谷です。かなり深い谷になっています。

崩落当時にこの橋を運転してた大学生が行方不明になりました。何日か捜索した自衛隊でさえ捜索打ち切りを決めたのに、学生さんのご両親が自ら捜索を続け、ついに車を発見しました。立ち入るだけでも危険な深い谷で息子を探した親の気持ちを考えると、ここでも涙が出ました。

新しい橋はここから何百メートルか下流に建設されるそうです。

img_7924阿蘇山を見てみると、ところどころに山に亀裂が入っていました。

熊本震災後、大雨被害や阿蘇の大噴火など、熊本に次々と天災が襲ってきました。しかしそれを物凄い力で跳ね飛ばす熊本県民。地震翌日にすることないから、避難テントでずっと酒盛りをしていたそうです。壊れそうな家にずっといるのは怖いから、おつまみなどを取りに帰るだけという話を聞きました。本当に物凄いパワーです。こんな熊本県民だからこそ、これからもずっと、着実に復興が進んでいくのだと確信しました。東北の方々もおそらく同じような人たちなんでしょう。

img_9873img_9878暗い話になってしまいましたが、やっぱり阿蘇は素晴らしいところです。

何度も何度も阿蘇に行きましたが、行くたびに新たな感動を与えてくれます。まだまだ傷だらけの阿蘇ですが、これからもここに何度も来ようと思います。復興が進む姿を自分の目に焼き付けるために。

今回は熊大バスケ部メンバーで来ましたが、次は家族と一緒に来ようと思います。父が過ごした思い出の地である阿蘇をゆっくり見せて回るつもりです。

img_9882img_9883熊本めし最後の締めは「牛ステーキ」と「高菜めし」です。

たった数時間の阿蘇訪問でしたが、久しぶりの阿蘇を見て、熊本の素晴らしさを再認識しました。やはりその辺の観光地とは比較にならないほどのビックスケールでした。

img_9884今回の旅を計画してくれた先輩と、その命令を忠実に実行するための準備を続けていた私。沖縄在住の先輩と、山口在住の私がどれほど熊本を愛していたかを再認識した素敵な旅でした。

前回のブログでも書きましたが、熊本在住メンバーの明るく力強い笑顔を見て、こちらもまた元気100倍になりました。

皆さんと過ごしたかけがえのない熊本生活。また次の機会で大騒ぎしよう!という締めの挨拶で今回の旅が終わりました。

次は阿蘇開催ですかね。先輩の無茶振りを、なんとか頑張って準備する苦労なんて全然辛くないです!(ただ、酔っ払ったらすぐに私の頭をバンバン叩くことだけは許せません。本当に痛いです。泣きたくなるくらいです。)

長文にお付き合いしていただき、ありがとうございました。

 

img_9971追伸:私は昔からチョウチョが嫌いです。その幼虫はもっと嫌いです。虫に関する、つい最近あったショッキングなお話です。

夜遅くまで理事会があり、家族が寝静まった後に帰宅しました。ビールでも飲もうと食卓に座ったら衝撃の生き物が置いてありました。ヤツです。あの大嫌いなアイツです。

あまりの衝撃に椅子から転げ落ち、1m離れてじっと観察しました。動きません。ヤツはずっと動きません。なんとオモチャでした。後から聞けば、お母さんから買ってもらった昆虫セットの中の1匹でした。なんというリアルさ。

息子は父のチョウチョ嫌いを知っています。でも決してわざと置いたのではないと弁明していました。だから許します。

まぁ、冷静に考えればこの時期にチョウチョの幼虫がいるなんてありえない話ですけどね。うろたえてしまった自分が恥ずかしい。

やっぱり私はチョウチョが大嫌いです。

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